一、「理事会」
総会においてマンションの共用部分の管理について決めたとしても、実際に決めた事を実行に移すことはまた別の問題です。例えば建物が劣化したため行う大規模修繕工事を例にとると、大規模修繕工事を行うのかまた行うとしてどの範囲まで行うのかを決定するのは「総会」ですが、「総会」で決定した工事を実行に移す際には、工事資金の捻出や工事業者の選定から始まって工事代金の決定や工事中の監理など、区分所有者全員で行うのは実際的ではありません。そこで区分所有者の中から代表者を選んで実行に移すことが合理的です。しかし特定の個人に権限を委ねて任せてしまうと、場合によっては区分所有者の利益が害される恐れもあります。そこで、マンションにおいては区分所有者の代表者を複数人にしてその合議によって実行に移す事が最も望ましいといえます。そこでマンション標準管理規約は、複数人の理事からなる「理事会」を設けたのです(マンション標準管理規約第35条第1項、同第51条、以下規約とする)。なお「理事会」はマンション標準管理規約上の用語であり、区分所有法には基本的にはない用語です。日本国の政治に例えるなら「内閣」にあたるのが「理事会」と言えます。ただし、理事会の会議は理事の半数以上が出席しなければ開くことができずその議事は出席理事の過半数で決する事になります(規約第53条)。
二、「理事長」
先程の大規模修繕工事を例にとると、工事資金の捻出や工事業者の選定から始まって工事代金の決定や工事中の監理などは「理事会」の業務ですが、資金の借り入れ契約や請負工事契約の締結などの対外的な業務を理事全員で行うのはやはり実際的ではありません。そこで、「理事会」が決定した業務を実際に実行に移す窓口となる者を選任する事が必要となります。そこでマンション標準管理規約は、理事のうちから理事会で「理事長」を選任し(規約第35条第3項)、管理組合の対外的な窓口として、理事長をマンションの代表者としたのです(規約第38条第1項)。また、代表者である理事長の業務は区分所有法上の管理者業務と酷似するため(区分所有法第26条)、マンション標準管理規約は理事長を区分所有法に定める管理者としています(規約第38条第2項)。
三、理事と理事長の違い
以上のように理事長は管理組合を代表しますので、当然管理組合の業務を統括するほか、規約、使用細則等又は総会若しくは理事会の決議により理事長の職務として定められた事項を遂行します(規約第38条第1項第①号)。そうすると理事長の職務とは、あくまでも規約、使用細則等又は総会若しくは理事会の決議により定められたものである事が必要です。決して規約、使用細則等又は総会若しくは理事会の決議とは無関係に理事長の職務が定まる事はありません。そして、理事会の決議が半数以上の理事が出席した上で出席理事の過半数により決まるものである事、また区分所有法が公平の観点から共用部分の持分割合に応じて議決権を認めた趣旨(区分所有法第38条)からすれば、理事長とその他の理事とは、少なくとも管理組合における権限においては、何らの差異はなく平等であるというべきです。もし理事長が以上の事を踏まえて職務を行うのであれば、巷によく聴く「暴走」は起こりえないと思うがいかがでしょうか。ちなみに、理事長の暴走については、2017年12月18日最高裁判決により、規約第35条第3項を根拠に、「選任」同様理事会で理事長の「解任」もできるとしました。
四、義務違反行為
1、勧告・指示・警告(規約第67条第1項)
区分所有者や占有者の義務(区分所有法第6条)違反行為に対しては、区分所有法に基づく措置が既に用意されています(区分所有法第57条~第60条)。ただ、行為停止等請求以外の①専有部分の使用禁止請求や②区分所有権の競売ま請求また③専有部分の引渡請求は、必ず集会の決議を得た上で訴えによらなければ出来ません。しかしながら、義務違反行為に対しては訴えによらなければ何も出来ないとする事は、管理組合の適正な運営を確保する上で妥当とは言えません。ところで実際に管理組合の運営を行うのは理事会です。そのため建物の保存に有害な行為、その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同利益に反する行為(以下、「当該行為」とする)があった場合は、理事会にも是正をするための一定の権限を認める必要性があります。そこでマンション標準管理規約は、区分所有者もしくはその同居人または専有部分の貸与を受けた者もしくはその同居人(以下「区分所有者等」とする)が当該行為を行った場合には、理事会で是正のための決議が出来る様にしました(規約第67条)。すなわち、理事会の決議を踏まえて理事長はその区分所有者等に対して勧告や指示また警告をする事が出来ます(規約第67条第1項)。もっとも管理組合の適正な運営を確保するためには、当該行為のみならず法令や規約または使用細則に違反した場合にも、理事会に是正するための権限を認める必要があります。そこで法令や規約または使用細則に違反した場合にも、理事会に是正のための決議をする事を認めています。
なお管理者である理事長は、共用部分や敷地等の保存行為をする権限を有している事から(区分所有法第26条第1項、規約第38条第2項)、区分所有者等が建物の保存に有害な行為をした場合には、理事長は理事会の決議を経る事なく是正のための措置として勧告や指示また警告が出来ます。ただし、ペット飼育や駐車場使用また集会室利用などに関して規約や細則に違反する行為があった場合には、理事会の決議を経なければ勧告や指示または警告をする事は出来ません。
2、法的措置
しかし理事長の勧告や指示、また警告に対して区分所有者等が素直に従わない場合は、結局勧告や指示、また警告をした意味が無くなってしまいます。そこで、理事長の勧告等に区分所有者が従わない場合には、理事会に更なる権限を認める必要があります。そこで規約第67条第3項は、理事会に
①行為の差止め、排除または現状回復のための必要な措置の請求や
②敷地及び共用部分について生じた損害賠償金または不当利得による返還金の請求または受領等に関し、
訴訟その他法的措置を取る決議を認める事にしました。
そして理事会のこれらの決議に対して、理事長は
①行為の差止め、排除または現状回復のための必要な措置の請求については管理組合を代表して、訴訟その他の法的措置を講じる事が出来、
②敷地及び共用部分について生じた損害賠償金または不当利得による返還金の請求または受領等に関しては、区分所有者のために、訴訟において原告または被告となる事、その他の法的措置を講じる事が出来ます。
また訴えを提起する場合には、理事長は請求の相手方に対して、違約金としての弁護士費用および差し止め等の諸費用を請求する事が出来ます(規約第67条第4項)。ただ理事長は敷地及び共用部分について生じた損害賠償金または不当利得による返還金の請求または受領等に関して区分所有者のために訴訟において原告または被告となった場合は、遅滞なく区分所有者にその旨を通知しなければなりません(規約第67条第6項)。
五、結論
以上のように、マンションにおける義務違反行為については、
①区分所有者または集会の決議等
②理事会の決議
により是正のための措置を講じる事が出来ます。即ち、区分所有者または占有者が建物の保存に有害な行為その他建物の管理または使用に関し、区分所有者の共同の利益に反する行為をした場合またはその行為をする恐れがある場合は、『区分所有法』により集会の決議等で是正する事が出来、区分所有等が法令や規約または使用細則に違反した場合には、『規約』により理事会が是正のための決議をする事が出来るようにしたのです。