1、管理業務
管理費会計において収支を改善しようと考えるならば、当たり前の事ですが収入を増やして支出を減らす事です。管理委託費の削減はこの「支出」を減らす事に繋がります。もちろん、各種点検や定期清掃の回数を減らすなど、管理業務の質を落とせば管理委託費が減額出来るのは当然です。では管理業務の質を落とさないで管理委託費を減額する事は可能でしょうか?結論から言えば可能です。そこでまずは、そもそも管理組合が管理会社に委託している「管理業務」とは一体何なのかを説明したいと思います。
管理業務には①事務管理業務、②管理員業務、③清掃業務、④建物・設備管理業務、の4つがあります。
Ⅰ 事務管理業務・・・「基幹事務」と「それ以外の事務」があります。
「基幹事務」
❶管理組合の会計業務
❷管理費などの出納業務
❸マンションの維持・修繕に関する企画または実施の調整
「それ以外の事務」
❹理事会支援業務
❺総会支援業務
❻その他各種助言・各種折衝
Ⅱ 管理員業務・・・いわゆる「管理人さん」の仕事です。
❶受付業務
❷立ち合い業務
❸点検業務
❹報告連絡業務
Ⅲ 清掃業務
❶日常清掃
❷特別清掃
Ⅳ 建物・設備管理業務
❶建物点検・検査
❷エレベーター設備の管理
❸給水設備の管理
❹浄化槽・排水設備の管理
❺電気設備の管理
❻消防用設備の管理
❼機械式駐車場設備の管理
他に❽警備業務や❾防火管理者が行う業務も考えられますが、標準管理委託契約書における管理業務にはこれらは含まれていません。ただ実務上は、管理会社が委託を受けてこれらの業務を行っている場合もあります。
以上のように、膨大な委託管理業務のほとんどを一括して請け負っているのが管理会社です。しかし多くの管理会社では、自社で行うのは事務管理業務と管理員業務くらいで、それ以外の業務は、専門業者に再委託しているのが実態です。なぜなら膨大な管理業務を自社のみで行うためには、膨大な人的物的資源を常時保有しておかなければいけないからです。ちなみにマンション標準管理委託契約書では、事務管理業務においてさえ一部の再委託が可能としており、管理員業務等の他の業務は、全部の再委託も可能としています(第4条)。
2、中間マージン
管理会社と専門の下請け会社との請負契約から発生する「請負金額」は、そのまま「業務委託費」として管理会社から管理組合に請求されるわけではありません。「請負金額」に管理会社の『経費』が加わった上で管理組合に「業務委託費」として請求されるのが通常です。いわゆる『中間マージン』といわれるものがこれに該当します。管理会社は管理組合から個別の業務を委託された場合には、信義誠実に行わなければならないので(民法1条Ⅱ項)下請けの専門業者に対しては、適切な指示を出して現場を管理していかなければなりません。従って、現場管理費として妥当な「中間マージン」を請求するのであれば何の問題もありません。中間マージンがいくらかは管理会社によって異なりますが、一般的には15~20パーセント位です。例えば修繕工事で100万の委託業務費が発生した場合には、管理会社は15~20万の中間マージンを得ている事になります。この事は管理組合が管理会社を通さず専門の業者と請負契約を結んだ場合には、請負金額が80万~85万で済む事を意味します。つまり15万から20万は管理費の削減が出来る事になります。そしてこの事は、修繕工事に限らず、清掃業務や建物・設備管理業務にもあてはまります。
3、管理組合の業務負担
Ⅰ 事務管理業務
もっとも管理費が削減出来たとしても、管理組合としての業務が増えてしまっては意味がありません。そこで管理組合の業務は増えてしまうのか検証してみたいと思います。結論から言いますと、管理組合が管理会社を通さず専門の業者と請負契約を結んだ場合であっても、管理組合の業務は全く変わりません。以下、マンション標準管理委託契約書に沿って話をしてみたいと思います。
①標準管理委託契約書は、マンション管理適正化法に規定する、管理組合と管理会社の契約成立書面として交付する場合の指針として作成されたものです。そしてこの標準管理委託契約書の別表1事務管理業務の「基幹事務」の(3)として「本マンションの維持又は修繕に関する企画又は実施の調整」の三には、以下のように規定されています。
『乙(管理会社)は、甲(管理組合)が本マンションの維持又は修繕を外注により乙以外の業者に行わせる場合の見積書の受理、発注補助、実施の確認を行う』
つまり管理会社は、たとえ管理組合が管理会社以外の各専門業者に直接外注したとしても「企画・実施の調整」をしなければならない事になります。もし管理組合として不安がぬぐえないのであれば『…見積書の受理、発注補助、実施の確認を行う』を『…見積書の受理、発注の手配、実施の確認を行う』に変更して業務委託契約する事をお勧めします。
②「基幹事務以外の事務管理業務」の⑶「その他各種点検、検査等に基づく助言等」には以下のように規定されています。
『管理対象部分に係る各種の点検・検査等の結果を甲(管理組合)に報告すると共に、改善等の必要がある事項については具体的な方策を甲に助言する。この報告及び助言は書面をもって行う。』
即ち管理会社は、たとえ管理組合が専門の業者と直接外注工事の契約をしたとしても、外注工事が行われた結果を、管理組合に代わって各業者より報告を受け、さらに問題がある場合には具体的な改善策を管理組合に助言しなければなりません。従って、先程の「基幹事務」同様、たとえ管理組合が管理会社を通さず各種点検、検査等の業務について専門の業者と請負契約を結んだ場合であっても、管理組合の業務が増える事はありません。それでも標準管理委託契約書の文言に不安を覚える場合には『~助言する。』のあとに『なお甲が外注により乙(管理会社)以外の業者に各種点検・検査等を行わせる場合には、甲に代わって各業者より報告を受けるものとする。』と加筆して業務委託契約する事をお勧めします。
③「基幹事務以外の事務管理業務」の⑶「その他甲の各種検査等の報告、届出の補助」には以下のように規定されています。
『一、甲に代わって消防計画の届出・消防用設備等点検報告・特殊建築物定期調査または建築設備定期調査の報告等に係る補助を行う。』
『三、諸官庁からの各種通知を甲及び甲の組合員に通知する。』
即ち各種検査等の報告、届出についても、管理会社は管理組合が行うべき各行政機関に対する報告・届出を「管理業務」として行わなければならず、さらに各行政機関からの通知も管理組合に代わって受けなければなりません。
以上より、管理組合が管理会社を通さず専門の業者と請負契約を結んだ場合であっても、基幹事務はもちろん、基幹事務以外の事務管理業務においても、管理組合の業務は全く変わる事はありません。
Ⅱ 代金の支払いについて
管理組合が直接専門の業者と請負契約を結んだ場合、発生する請負金額の支払いについて管理組合が直接支払いをする事になると、結局管理組合の業務は増えてしまう事になります。 では管理組合は業者に直接支払いをしなければならないでしょうか?この問題を考えるにあたっては、前提として事務管理業務の基幹業務にあたる「出納業務」について考える必要があります。「出納業務」には大きく分けて次の3つのケースがあります。
①管理組合の収納口座と保管口座を設ける場合です。この場合、保証契約を締結する場合と、しなくてもよい場合の2つのケースがあります。
②管理業者の収納口座と管理組合の保管口座を設ける場合です。
③管理組合の収納・保管口座を設ける場合です。
そしてマンション標準管理委託契約書別表第1の事務管理業務1基幹事務の⑵「出納」には、上の3つの全てのケースについて「乙は、甲の収支決算に基づき、甲の経費を、…甲の収納口座乃至は保管口座又は収納・保管口座から支払う」としています。
即ち、たとえ管理組合が管理会社以外の業者に直接外注したとしても、お金の支払いについては管理会社がする事になります。従って、管理組合の役員の方がいちいち代金の支払いをする必要はありません。
Ⅲ 契約の締結について
管理組合が外注する場合のそれぞれの業者との契約については、管理組合自身が締結しなければいけないでしょうか?確かに契約の当事者が管理組合である以上、この場合は管理会社に代行してもらうのは無理のようにも見えます。
しかし、マンション標準管理委託契約書別表第1の事務管理業務2基幹事務以外の事務管理業務⑴理事会支援業務③甲の契約事務の処理として、以下のように規定されています。
『甲に代わって、甲が行うべき共用部分に係る損害保険契約、マンション内の駐車場等の使用契約、第三者との契約に係る事務を行う。』
つまり管理組合が各業者と結ぶ外注契約であっても、管理会社は「第三者」として、管理組合のために管理組合に代わって締結する事になります。ちなみに『第三者』とは、「ある法律関係に直接関与する者を当事者といい、それ以外の者を第三者」を言います。従ってもし管理会社が、「管理組合が直接契約をした外注の業者は第三者には当たらない」と主張したとしてもそれは通らない事になります。それでも不安な場合は、以下の規定を追加して業務委託契約をする事をお勧めします。
『~事務を行う。管理組合が外注により乙以外の業者と契約を締結する場合には、乙は甲に代わって各業者より契約書を預かり契約内容を精査するとともに、改善の必要がある場合には書面を以って甲に具体的に助言をするものとする。』
Ⅳ 工事ミス・瑕疵
管理組合は、直接専門の業者に依頼した外注工事にミスや瑕疵があった場合は、請負工事をした業者に対して、瑕疵修補請求や損害賠償請求をする事ができます(民法559条、562条)。そこで、管理組合が委託をした管理会社にこれらの請求を行わせる事ができるかどうかが問題となります。
まず、これらの請求については、標準管理委託契約書には規定がありません。この事は、 たとえ管理会社が管理組合から委託を受けて外注工事を発注した場合についても同様です。そこで、外注工事に問題が発生した場合には、管理組合自身が直接損害賠償等の請求する事になります。
次に、標準管理委託契約書に規定を追加して、管理会社に請求を行わせる事ができるかどうかですが、そもそも、弁護士でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件等の法律事務を、業として取り扱う事ができません(弁護士法72条)。そうでないと公共の利益が害される恐れがあるからです。そうすると、管理会社は報酬を得て管理受託業務を行っている事から、管理組合の代理人として請負業者に対して損害賠償等の請求を行う事は、「報酬を得る目的で訴訟事件等の法律事務を、業として取り扱う」事と同視でき、 また公共の利益を害する恐れもある事から認められない事になります。
管理事務の質を落とさないで管理委託費を減額する際のポイントについては、以上の通りです。