1、交渉
「滞納問題の①考え方」において解説しましたように、私は約20年損害保険の仕事をしております。その経験の中で、自動車事故を例に取って管理費等滞納者との交渉について解説してみたいと思います。
自動車保険に加入していない、または自動車保険に加入はしていても賠償金を支払おうとしない加害者に対して、被害者である債権者がとるべき次の対策は「交渉」です。ただし物損事故だけの場合と人身事故にまでなってしまった場合とでは分けて考える事が大切です。
Ⅰ物損事故
単なる物損事故の場合に被害者が加害者に対して賠償請求をする場合、事故によって発生する損害は❶車そのものの修理代(直接損害)と❷休車による間接損害です。仮にこの2つの損害が発生しているのであれば、まずは修理代だけ請求すべきです。修理代だけ請求したとしても、加害者が一括で払えないようなら分割での支払いも提案すべきです。とにかく加害者が支払いをしやすくなるような状況を作る事が大切です。
そうして修理代の支払いが済んだら、次に間接損害について請求をします。もちろん間接損害についても、一括払いが無理なら分割払いの提案をすべきです。 同じ物損事故の被害者であってもここまで気を配って加害者と交渉するのとしないのとでは、結果に大きな違いが出るのはお分かり頂けると思います。
Ⅱ人身事故
不幸にも人身事故にまでなってしまった場合は少し状況が違います。なぜなら、たとえ加害者が自動車保険(強制保険に対して任意保険ともいう。)に加入していなかったとしても、被害者は加害者の運転していた車の自賠責保険に対して賠償を請求していく事が出来るからです。その額は治療費、休業補償、慰謝料など、障害が残らない場合には合計で120万円まで請求する事が出来ます。ちなみに、万一加害車両が車検を受けていなくて自賠責保険がなかったとしても、被害者は加害者に代わって国に対して補償を求める事が出来ます。
従って、被害者は請求額に限度はあるものの加害者の意思に関係なく賠償を請求していく事ができるので、単なる対物事故とは異なり自賠責保険の範囲内においては交渉は不要という事になります。もっとも人身事故は物損事故を原因として起こる場合が多いと思います。そこで、1回の事故で人身事故と物損事故が発生してしまった場合には、ケガについて「交渉」の必要がなかったとしても、前述した物損事故における「交渉」をしていく事が大切です。
以上が自動車事故の場合における交渉です。それでは、以上の事を踏まえて、管理費等滞納者に対して管理組合が交渉していく場合について説明します。
区分所有者は、敷地及び共用部分等の管理に要する経費に充てるため、管理費と修繕積立金を管理組合に納入しなければなりません(マンション標準管理規約第25条)。そして敷地及び共用部分等に係る「使用料」については、管理に要する費用は「管理費」に、それ以外は「修繕積立金」として積み立てる事とされています(マンション標準管理規約第29条)。参考までに「使用料」には以下のものがあります。
①駐車場使用料
②駐輪場使用料
③バイク置場使用料
④専用庭使用料
⑤トランクルーム使用料
⑥専用バルコニー使用料
⑦共用施設使用料
以上よりマンション住民が管理組合に納めなければならない費用は、❶管理費、❷修繕積立金、❸使用料となります。❶管理費が、マンションにとって毎月必要となる経費であり、緊急性の高いものであるのに対して、❷修繕積立金は、いつかは必要であるとしても、その月に必ず必要な経費ではありません。従って管理組合としての交渉も、管理費と修繕積立金とでは分けて考える事が大切です。
そこで管理組合が滞納者に対して管理費等の請求をする場合、まずは❶管理費と❷修繕積立金、また❸使用料がある場合には、使用料の合計金額を請求する事になります。しかし、滞納者が合計金額の全てを管理組合に納める事が難しいと判断した場合には、まずは緊急性の高い❶管理費から請求していく事が大切です。
滞納者が❶管理費の全てを管理組合に納めたら、次に請求するのは❷使用料です。滞納者が使用料の全額を管理組合に納められるのならそれに越した事はありませんが、もし難しいのであれば、使用料のうち管理費に相当する金額のみ請求します。
そして滞納者が❶管理費と❷使用料を管理組合に納めたら、最後に❸修繕積立金を請求していきます。もし❷使用料について、管理費相当分しか納めていない場合には、修繕積立金相当分についても請求をします。両方とも納めてくれれば管理組合としては願ったり叶ったりですが、両方納める事が困難な場合には、❷修繕積立金と❸使用料の修繕積立金相当分のうち少ない方から請求します。金額が少ない方が滞納者にとっては納めやすいからです。
以上が、管理組合が滞納者に対して管理費等を請求していく際の交渉の仕方です。滞納者は管理費等を納めなければならない事はきっと承知している筈です。管理組合としては、まずはその事を認識した上で請求していく事が大切です。そして、滞納者が管理費等を納めやすいような提案を管理組合としていかに出来るか、が勝負の分かれ目だと思います。
2、内容証明郵便による督促
「内容証明郵便」というと難しく思われる方も多いと思いますが思いのほか簡単ですので以下説明します。まず、所定の書式に則って同じ督促状を3通用意をします。そして封筒も3つ用意して郵便局に持って行きます。郵便局は督促状を確認の上、1通を滞納者に発送し、1通は発送者に、そして1通は郵便局に保管します。これにより確実に発送した事の証明が出来ますので、後日になって「出した」「出さない」の紛争を未然に防ぐことの出来る大変便利な制度です。また、時効の完成を半年間ではありますが先延ばしするという効果もあります。
3、公示送達
管理組合が滞納者に対して訴訟を起こす場合、訴状が被告である滞納者に到達しないと訴訟を開始することは出来ません。そこで滞納者が行方不明などの理由により訴状が到達しない場合には、一定期間裁判所の掲示板に掲示する事により訴状が送達したものとする事ができます
4、少額訴訟
①仕組み
「少額訴訟」とは民事訴訟の一つで、少額の支払いを求める訴えについて原則一回の審理で判決を言い渡す訴訟制度です。現在は60万円以下の支払いを求める場合に利用する事ができます。ただしこの手続きは、債権者である原告が少額訴訟手続きによることを希望し、債務者である被告が異議を述べない場合に認められます。従って、訴えられた債務者が通常の民事訴訟手続きを裁判所に申し立てた場合には少額訴訟をする事は出来ません。
少額訴訟の審理では、最初の期日までに自分の言い分と証拠を裁判所に提出する事が必要です。判決では通常の民事訴訟とは異なり、裁判所は原告の言い分を認めるかどうかは判断せず、一定の条件のもとに分割払い、支払い猶予、訴え提起後の遅延損害金の支払い免除などを被告である債務者に対して命じます。そして判決は、当事者が判決を受け取った日の翌日から起算して2週間以内に異議を申し立てなかったときに確定します。
もし不服がある場合には、当事者はこの期間内に判決をした簡易裁判所に異議の申し立てをする事が出来ます。もちろん異議は適法なものである事が必要です。また異議を申し立てた後の審理は通常の民事訴訟手続きによりますが、この判決に対しては控訴ができないといった制限があります。
②マンションにおける少額訴訟
以上の事を踏まえて、マンションの管理組合が少額訴訟を起こす際のポイントについて以下解説してみたいと思います。
貴方の住んでいるマンションで、Aさんが管理費を滞納していたとします。いろいろな手立てを講じましたがAさんは管理費を滞納したままです。そこで貴方の住んでいるマンションの管理組合は、Aさんに対して少額訴訟を起こす事になりました。それではこの場合、訴訟を起こす事が出来るのはいったい誰でしょうか?この問題は「誰が原告たり得るのか?」という問題で「原告適格」とも言われています。
なお「原告」とは訴訟を起こす人の事をいい、訴訟を起こされた人を「被告」と言います。原告適格がない場合には、たとえ訴えを提起しても、裁判所は審理して判決を下す事が出来ません。
さて、管理組合が訴訟を起こす場合、管理組合が法人かどうかで原告適格が変わってきます。管理組合が法人である場合には「法人」として訴訟を起こす事が出来ます。しかし管理組合が法人ではない場合は、管理組合には原告適格を認めないのが裁判所の考えです。この場合の原告適格は、管理費を滞納しているAさん以外のマンションの住民全員とするのが裁判所の考えです。もっとも、Aさん以外のマンション住民全員が揃って訴訟を起こさなければならないとする事は現実的ではありません。そこで区分所有法は、特定の者に管理の権限を与えその者に管理を任せる方法を認めています(25条)。そして管理を任された者は「管理者」として、規約または集会の決議により区分所有者のために訴訟を起こす事が出来ます(26条4項)。ちなみにマンション標準管理規約では、理事長は、区分所有法に定める管理者とされています(第38条第2項)。
5、先取特権
先取特権とは、法律で定められた債権を有する者が、他の債権者に優先して弁済を受ける権利です(民法303条以下)。滞納管理費等については、滞納者の住んでいるマンションやそのマンションに備え付けた動産(他えばTVとか冷蔵庫など)について、他のマンション住民に先取特権が認められています(区分所有法第7条)。
先取特権を行使する場合には、まず動産から弁済を得て、それでも足りない時は滞納者のマンションそのものに対して先取特権を行使しなければならないとされています。いくら滞納しているとは言え、いきなりマンションを競売するのは滞納者にとって酷だからです。もっとも動産だけでは明らかに滞納費用が足りない時は、もはやそのような滞納者を保護する必要がない事から、マンションに対して先取特権を行使する事ができます。
先取特権は、担保権の存在を証する文書を裁判所に提出することにより、債務者の債権や不動産について執行でき、訴訟等によって債務名義を取得する必要がない等の利点があります。 ただし、管理組合が滞納者の動産や不動産に対して先取特権の実行としての競売手続きを裁判所に対して申し立てたとしても、滞納者の所有する動産に換金価値がなく、また住宅ローンのように管理組合の先取特権よりも優先する担保権が設定されているような場合には、裁判所はそもそも競売手続きそのものを取り消してしまう場合があります。このような場合には、最後の手段として、区分所有法第59条により滞納者のマンションの競売を裁判所に申し立てる方法があります。ただ区分所有法第59条が規定する要件はかなり厳しいので、管理組合が競売を申し立てたとしても、必ずしも裁判所は競売を認めてはいないようです。
6、民事調停
「調停」とは、裁判所の「調停委員会」の仲介によって相手側との話し合いでトラブルを解決する制度を言います。調停委員会は、その解決のために最も適当だと思われる調停案を考えて当事者にその案を勧めます。当事者双方が調停案に合意すると、調停委員会はその内容を調書に記載し、これにより調停が成立します。調停が成立するとその「調停調書」には確定判決と同じ効力が与えられます。このように民事調停の制度は、調停委員会が調停案を考えるとはいえ、あくまでも当事者双方に問題を解決するための話し合いをする意思がある事が前提となっている制度です。
それではマンションにおいて、管理組合が管理費等を滞納している住民に対して支払いを求めていく場合、どのタイミングでこの制度を使うべきでしょうか?
思うにいくら滞納しているとはいえ、いきなり裁判所という公の機関の介入に愉快な思いをする住民はおそらくいないと思います。そこで、まずは管理組合が管理費等を滞納している住民と真摯に話し合いをする事をお勧めします。たとえ管理費等の支払いについては管理会社に委託していたとしても、管理組合は管理会社に任せきりにせず、管理組合の責任として話し合う事が大切です。 話し合いを尽くしても依然として管理費等を支払わない場合、そこで初めて調停制度を利用すべきです。第三者の介入によって問題が解決する事は決して少なくはありません。そのためにも管理組合と管理費等滞納者の事前の話し合いは、冷静にかつ真摯に行うべきです。間違っても感情的になってはいけません。
7、支払い督促
調停制度を利用して解決しなかったとしても、先取特権や少額訴訟制度を利用するのはまだ早いです。その前にまだまだ出来る事があります。それが「支払い督促」です。
「支払督促」とは、債権者である管理組合の申し立てにより、裁判所が債務者である管理費等を滞納している住民に対して督促をする制度です。この督促を「支払督促」と言います。この督促を受けた日から2週間以内に、滞納している住民が裁判所に異議申し立てをしない時は、債権者である管理組合は裁判所に「仮執行宣言」の申し立てをすることが出来ます。 申し立てを受けた裁判所は、債務者である管理費等滞納者に対して再度督促を行います。この督促を「仮執行宣言付支払督促」と言います。債務者がこの督促を受けた日から、さらに2週間以内に裁判所に対して督促異議の申し立てをしない時には、管理組合が裁判所に申し立てした「支払督促」は確定判決と同じ効力を持ちます。これにより、管理組合は滞納している住民に対して強制執行をする事が可能となります。
強制執行には大きく分けて、金銭執行と非金銭執行があります。管理組合が滞納組合員に対して行う強制執行は金銭執行です。金銭執行とは、金銭債権を満足させるため債務者の財産(不動産、預金、給料等)を差し押さえ、換価・配当等を行う制度です。通常は❶債務者の財産を差押え、❷その財産を金銭に換価し、❸配当により債権を満足する、という三段階を経ます。
このように支払督促は、通常の訴訟に比べて簡易・迅速・低廉に処理できるというメリツトがあります。一方で、債務者である滞納組合員が、裁判所に対して「督促異議」の申し立てを一度でもすると、支払い督促は失効し通常の訴訟手続きに自動的に移行します。そうすると、管理組合はいやおうなしに訴訟に巻き込まれるというデメリットもあります。
8、結論
管理費等の滞納が発生した場合管理組合がとるべき順序としては、
①まず滞納している住民と誠意をもって話し合いをする。
②話し合いがダメなら民事調停を利用して第三者に仲介してもらう。
③それでもダメなら支払督促を先行しつつ、滞納者が督促異議の申し立てをした場合には訴訟に巻き込まれてもいいように準備もしておく。
④支払い督促と併せて先取特権も行使できるように準備する。
となります。
参考にして頂ければ幸いです。